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パルナ書房

京の表は壬生、裏に回れば島原の町の本屋~2013年4月でパルナ書房は閉店いたしました。

町の本屋の問題 〜 町の本屋さんは雑誌屋さん?

前回のブログにかつてパルナ書房を利用されていたお客様からコメントをいただきました

「〜私に店長は、何冊かの駄作や購入済を薦めました。〜改題した作品を(その事も伝えず)勧めといて、その二日後に「読んだ本」と言っても、勧めた事自体忘れていた(笑)。また、勧めておいてその感想も一度も聞かれた事がない。
そんな経営をしてた本屋が本屋の将来を語ってる事に違和感をおぼえました。」
(省略して引用しております、全文は前回のブログのコメントを読んでください)

まさに店長失格です。
書店員としてどうしてこのようなずさんな対応、ご案内しかできなかったのかと深く反省するとともにこのことを省察してみました。

こういう事態が起こった理由は書籍の知識が無い上にそもそもプロとして書籍の扱い方自体(単純に本をたくさん読むということでは無く書籍の情報の扱い方等)を理解していなかったからです。
しかし私はパルナ書房の三代目の店長でした。
三代続いたわけですからプロの書店員であるはずですし、
そのノウハウの蓄積と継承があってしかるべきです。
ではなぜ無かったのでしょう。

実はパルナ書房の売上の50%以上は雑誌でした。
コミックスや実用書、地図ガイド本もありますから、小説やエッセー、人文書のような書籍の売上比率は15%ぐらいでしょう。
パルナ書房は雑誌で食っていたわけです。
本屋というより雑誌屋といった方が適切であるのかもしれません。
しかし、90年代まではその雑誌だけで十分な利益が上がっていたのです。
プロであったのはその雑誌の荷出しと陳列、返品といった扱いだったわけです。
(もちろん、この作業自体は大変です)

だから2000年以降雑誌が売れなくなり経営が厳しくなったのです。
雑誌が90年代のように売れていれば競合店が進出してもパルナ書房は今も継続できていたでしょう。
(雑誌が売れなくなったのはインターネットの普及と生産年齢人口の減少が主たる理由です)

雑誌は取次(いわゆる問屋)が自動的に配本してくれます。
出版業界ではこの取次の配本システムに大変批判的ですが、
私はこの雑誌配本システムが優れて完成しいるがゆえに書店にノウハウが蓄積されなかったのではないかと考えております。
また、書店は長年セルフサービスという販売手法をとっていることもあって
(本にはその趣向というお客様のプライバシーに関わる側面もあるのでセルフサービスが最適なのです)
本屋は本を並べるだけ、あとはお客様が勝手に本を選んで買っていくのが本屋という程度の未熟なサービスの認識でおりました。
そこにプロとして書籍のご案内ができないことと稚拙な接客の理由があるのです。
(書籍に関しては新刊とベストセラーを仕入れる努力をする以上のことができませんでした)

このことは実は全国の町の本屋の共通の問題でもあるのです。
ほとんどの町の本屋はパルナ書房と同じように雑誌で食っていたのです。
(町の本屋は多くは外商で食べている側面もあります。雑誌の配達の他に教科書や学校図書館の納品等。しかしその配達ノウハウに関してはプロで、簡単にまねができるものではありません。ですからパルナ書房は一部を除いて外商はしておりません)
残念ながら書籍販売のノウハウを持っている町の本屋はほとんど無いのが現状です。
それが町の本屋が魅力を失い消えていく原因の一つです。

その象徴的な出来事がありました。
佐賀県武雄市図書館があります。
この図書館に地元書店ではないカルチュア・コンビニエンス・クラブTUTAYA書店が書籍の納品をすることになりました。
本来は地元書店が書籍を選書し図書館へ見計らいを出して納品することで、
地元書店と図書館の連携による本を通した文化の地域活性化もあり得たと思うのですが・・・・・・

生産年齢人口がどんどん減少していく中、むしろ地方のローカルの文化こそ見直されるべきであると考えます。

今、様々な業界でリノベーションが注目されています。
出版業界はもはやそのビジネスモデルが崩れてしまい、転換期にあります。
町の本屋も新しい世代がリノベートしてほしいと願います。