パルナ書房

京の表は壬生、裏に回れば島原の町の本屋~2013年4月でパルナ書房は閉店いたしました。

町の往来の移り変わりとパルナ書房

前回公開した文化通信「20坪の戦略」は2009年6月発行です。
この時期からパルナ書房の売上はマイナス成長に転換しました。
その背景には壬生島原の町並みの大きな変化がありました。

元々丹波口周辺の五条通り界隈は市内を唯一走る広い国道9号線もあって、
いわゆる観光都市京都のイメージとは違い何も無い閑散とした寂しい町並みでした。
私の記憶では80年代前半は巨大なガスタンクがあるだけで、
後は古い平屋の日本家屋が延々と軒を連ねていたように思います。
本当は奥に京都中央卸市場があるのですが、高い壁があってその存在には気がつきませんでした。
それが80年代後半のバブル時代に投資目的で平屋がマンションに変わり
丹波口駅前に人の往来が生まれ、商いをしやすい町に変わったのです。
パルナ書房が開店したのは86年でした。

前にもご紹介しましたが
当時のパルナ書房は朝から市場のお兄さんたちが来店され
本屋なのに魚臭い不思議なお店でしたが大変繁盛しておりました〜パルナ書房も市場もです。
夕方からは大阪ガスベンチャー企業体の京都リサーチパーク(KRP)のサラリーマンで賑わっておりました。
またパルナ書房以外のお店は丹波口駅から東南側に集中し五条壬生川には複数の喫茶店がありました。
この喫茶店もランチ時には席が取れないほどの賑わいでした。
この頃は丹波口駅の東側がこの町の往来の中心であったように思います。

一方で駅西側には大阪ガスKRPがあるだけで一般のお店は皆無です。
土日になるとまるでゴーストタウンのような有様でした。

それが大きく変わるのは2005年あたりからでしょうか・・・
まず五条通の拡張工事が始まります。
そして道路拡張後に丹波口西側に回転寿司、ユニクロスターバックスといった今流行のチェーン店が進出すると
人の流れ、往来といったものが駅の東から西へと移りました。
また巨大なスーパーストアもそれまで商業施設がなかった北側地域に出店し
北と西に人が流れるという90年代では考えられなかった状況が生まれました。

時を同じくして京都中央卸市場も衰退していきます。
巨大流通チェーン(大手スーパー等)が中央卸市場を利用しないからだそうです。

丹波口駅も初めは京都中央卸市場とその周辺住民の利用者が多かったのではと想像しますが、
KRPができた90年あたりになると駅の利用者のほとんどがKRPのある西へと流れている実態が既にありました。
町の往来は駅の東側、西側はサラリーマンの移動があるだけといった感じでしょうか。
それがユニクロスターバックスの登場で町の中心自体が西側に移った感があります。
スターバックスなどは「この町にこんなに若者がいたのか!」と思わせる繁盛ぶりです。
又聞きですが、リサーチパークスターバックスは日本で一番繁盛しているお店だとか・・・

そのように町の往来の中心が移ってしまうと、パルナ書房も閑散としてきました。
そして新しい町の中心に流行の大型書店が登場してパルナ書房はその役割を終えることになったのです。

店は町と共生の関係にあるということです。

次回から社会状況の変化とパルナ書房の変遷を重ねて考察していきます。
実はパルナ書房の閉店の裏側には小売業全般に共通するものがあるのです。