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パルナ書房

京の表は壬生、裏に回れば島原の町の本屋~2013年4月でパルナ書房は閉店いたしました。

文化通信にて京都の月刊情報誌Leafの特集記事を書きました。

昨年の「青幻舎」に続き、今年は雑誌の「月刊情報誌Leaf」について書いてみました。

発行元:リーフ・パブリケーションズ http://www.leafkyoto.net/

 

そのテーマは

「脱広告収入時代の雑誌ビジネスモデル」

f:id:bkpalna:20150210184656j:plain

まずは記事のリード文をご覧ください。

雑誌の販売不振が止まらない出版業界にあって、

京都の月刊情報誌『Leaf』は、地元書店の間で他誌を圧倒する「お化け雑誌」として知られている。

しかし、リーマン・ショックで広告収入が半減すると、

発行元のリーフ・パブリケーションズは経営の危機に直面した。  

一方、観光都市京都では観光客が激増している。

『Leaf』編集部には京都のあらゆる街の情報がある。

それをイベントや観光事業に転換することで見事にV字回復を果たした。

「脱広告収入」時代の情報誌の可能性と同社の経営戦略を取材した。

 

実は日本の出版を支えてきたのは書籍ではなく雑誌でした。

 

戦後一貫して日本では雑誌の販売金額が書籍よりも大きかったのはご存じでしょうか?

出版業界が一番売上の良かった1996年の数字を見ますと

書籍1兆931億円に対し雑誌1兆5632億円と、

なんと1.5倍も雑誌の方が販売金額が多いのです。

インターネットが普及して久しい2013年の数字を見ても

書籍7851億円に対し雑誌8972億円とまだ14%も雑誌の方が多いのです。

ここにはコンビニエンスストアの数字も入りますので書店だけの数字ではありませんが

しかしこの数字を見れば、

書籍の不振だけでは出版不況を語ることができないことがわかります。

マスコミによる報道はどうも書籍ばかりに偏っているように思います。

実際には雑誌が売れなくて困っているのです。

 

出版社の中には「ウチは雑誌は扱っていないから関係ないよ」

という向きもあるかもしれませんがそれは書店サイドから見ると違います。

特に町の本屋さんや郊外型の書店は雑誌やコミックスが売れてくれるからその余力で、

店頭に置いてみないことには売れるかどうかわからない書籍を仕入れて販売することができたのです。

 

町の本屋さんなど店頭売上の半分が雑誌であったりします。

町の本屋さんは「雑誌屋さん」という方が適当かもしれません。

これは以前から何度も指摘しておりますね。

 

また出版社業界の問屋である取次も雑誌で利益が出たから

書籍の委託販売価格維持制度を担うことができたのです。

雑誌が売れなくなると取次はこの委託販売制度を維持が厳しくなり、

書籍は買い切りに移行せざるを得なくなるかもしれません。

そうなると書店には確実に売れる本、いわゆるベストセラーしかない・・・

なんてことになる可能性も・・・

 

委託販売制度に関しては青幻舎の紹介の中でも少し触れましたが、

その功罪にはいろんな意見があるにせよ、

出版業界の成長期においては雑誌・コミックスから難解な人文書や専門書まで

多様な出版物の発行と販売に貢献したことは間違いありません。

よって雑誌販売不振の問題は出版不況を語る上で避けては通れないテーマです。

 

そこで雑誌の抱える「販売収入と広告収入」という収益構造の問題と

それを解決して増収増益のV字回復を果たした京都の月刊情報誌Leaf

雑誌の可能性について取材してみたわけです。

 

雑誌の現在の状況と基本的な仕組みについて少し触れますね

雑誌は戦後の経済成長と情報化社会を背景に爆発的に成長を遂げたのですが

95年をピークに販売は減少に転じます。

特に2000年以降はインターネットの普及で販売不振に拍車がかかり大きく売上を落とすことになりました。

特に情報系の雑誌はインターネットの影響を強く受けました。

時刻表などはその典型的なジャンルですね。

パソコン雑誌などもWindows95が発売されてから大きく成長したのですが、

2000年以降、インターネットが本格的にブロードバンド化すると途端に萎んでしまいました。

雑誌は今、その存在意義を問われている状況にあります。

 

一方、雑誌の収益構造に目を向けると、

大きく分けて「販売収入と広告収入」で成り立っています。

「販売収入」とは文字通り雑誌の販売による収入ですが、

書店で販売された金額がすぐに出版社に入るわけではありません。

書店からの返品分が差し引きされて入金されるまでタイムラグが相当にあると言われています。

(出版社と取次会社の契約によって異なります)

かつては前述の通り雑誌販売は好調で、

本の雑誌は「販売収入」の比重が大きかったと言われています。

もう一方の「広告収入」は雑誌の誌面に広告を載せた企業が直接、出版社に広告料を払うので、すぐに現金が入ってきます。(広告代理店を通さない場合)

また、特集記事の内容や季節によって売上が変動する「販売金額」とは違い

「広告収入」は営業マンの努力で毎月の収入が安定しますから、

これが大きいと雑誌の刊行も楽になるはずだったのですが・・・

この広告収入もリーマンショックで大きく落とし、

雑誌はいわば「収入の両輪」が半減しているのが現状です。

もはやそのビジネスモデルは破綻しているのか・・・

 

Leafはそんな下り坂にあった96年に創刊し、

2000年以降に売上を大きく伸ばした希有な雑誌です。

売上のピークはなんと完全にインターネットが普及した07年~08年!

当時は「お化け雑誌」とも呼ばれていました。

 

さすがのLeafリーマンショックでは瀬戸際に立たされることになるのですが・・・

ところがそのLeaf編集部が集めた情報を活かすことでV字回復を果たした成功事例を紹介しております。

そもそもどうして2000年以降に売上を伸ばすことができたのか?

V字回復の裏側で実は日本の産業構造の転換があった等、

昨今話題になっている訪日外国人急増の影響など盛り込んでおります。

 

書籍も雑誌も出版ビジネスは曲がり角にあるのですが、

青幻舎とLeafを取材してみると、まだまだ可能性があることを発見し希望がわいてきますね。

両者とも「東京に一極集中した出版業界」の中では

いわば地方である京都から新しい動きが出てきたことに注目です。

京都の美術専門出版社「青幻舎」を業界紙「新文化」にて紹介しました。

「パラパラブックス」ってご存じでしょうか?

パラパラめくると絵が動き出す・・・あれです。

この動画は、いま最も人気のあるパラパラブックスです。

世界的にも評価が高いようですよ。

 


フリップブック「もうひとつの研究所パラパラブックス」2 - YouTube

 

この作品、京都の美術専門出版社である「青幻舎」が手がけています。

新文化 出版業界紙の2014年3月20日号にて

この青幻舎の魅力をたっぷりと紹介いたしました。

 

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東京に一極集中化した出版業界にあって、

京都には個性的な出版社がたくさんあるのですが

なかでも青幻舎はなんとこの出版不況の中にあって、

近年、二桁成長を遂げているのです。

 

日本の出版業界は1996年をピークに売上を落とし続けて

一度も回復することなく現在に至っているのですが

青幻舎は販売先を書店のみならず、

美術館の展示販売所や百貨店の催事などの直販店を

500店舗以上も独自に開拓することで出版不況の中でも売上を順調に伸ばしています。

 

日本の出版業界の大きな特徴である委託販売制度は

戦後から出版業界が急速に拡大した半世紀までは見事に機能したのですが

売上減少に転じた現在では書籍の返品率が40%に達し

この委託販売制度も制度疲労といいますか、機能不全を起こしつつあります。

とはいえ委託販売制度は日本の出版業界が培った一つの財産

その功罪は出版業界の時代によって移ろいます。

新しい活用で利益を生み出す可能性はあるのではないか?

議論の分かれるところです。

 

青幻舎は前述の通り独自の直販ルートを開拓することで

結果的に取次ルートからの返品分も直販ルートの活用で

この返品問題を解消しています。

 

さらに「パリフォト」「NYアートブックフェア」といった国際ブックフェアにも積極的に参加しています。

なにしろ美術書や写真集には言葉の壁がありませんからね。

 

しかし、国際ブックフェアは単純に販売するだけが目的ではないのです。

欧米では多国籍の企業が参画する国際共同出版が普通の商習慣として行われています。

特に美術書はどうしても高コストになりがち、

共同出版することで質の高い書籍を低コストで出版できるのです。

 

こうした努力が売上高、二桁成長の結果となりました。

そしてその経営の安定が先鋭的な美術書の出版を可能にし、

無名の新人発掘へとつながります。

 

例えば

会田誠 天才でごめんなさい」

その反道徳性にはドキドキさせられますね~

会田誠 天才でごめんなさい/”Monument for Nothing / I’m Sorry for Being Genius” Makoto Aida | 青幻舎 SEIGENSHA Art Publishing, Inc.

http://www.seigensha.com/wp/wp-content/uploads/2013/01/978-4-86152-369-4_001.jpg

 

わずか社員20数名の出版社ですが、

東京に支社、ロンドンに支局とそのスケールは大きい。

青幻舎はいま日本の出版社から世界の出版社へと変貌を遂げようとしているのです。

 

実は青幻舎は日本出版業界がまさに曲がり角を迎えようとした1995年に創業しました。

だからこそ成長期にできあがってしまった出版業界の慣習や固定観念にとらわれない、

斬新な経営戦略を実行できたのかもしれません。

 

さて取材を進めていくなかで京都の老舗出版社「京都書院」のお話しが出てきました。

残念ながらこの「京都書院」は既にありません。

三月書房さんのホームページによりますと

かつては京都の出版文化をリードしていたとのこと

三月書房販売速報合冊02号

京都書院ヴァージョンB/オーム社書店河原町店の遺跡: 三月記(仮題)

いつか機会があれば「京都書院」について調べてみたいと思います。

何かご存じの方はご一報ください。

業界新聞、文化通信で連載を始めました~「書店経営 繁栄の条件」連載、第1回目~井戸書店

実は今年2月より、新聞・出版・広告の業界新聞「文化通信」www.bunkanews.jpにて

「書店経営 繁栄の条件」という連載記事を執筆しております。

 第1回目は神戸の板宿の町の本屋さん「井戸書店」さんです。

 

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今まで繰り返し、町の本屋が閉店せざるを得なくなった社会状況の変遷を述べてきました。

http://bkpalna.hatenablog.com/entry/20131125/1385362579

 

 1.96年をピークに生産年齢人口が減少

 2.インターネットの普及

 3.大店舗法撤廃による競合店の進出

 

といったところが大きな理由となりますが

ではこのような厳しい現状にもかかわらず

これから紹介する書店はなぜ繁盛しているのか?

 「立地とその街の変遷」

 「市況や競合店出店という外部環境の変化」

そういう状況の中で経営の舵取りをした

 「店主の経営戦略」

という三つの観点から考察した記事を書いております。

 

神戸の板宿は三宮、元町から地下鉄で15分ほど西の須磨区にあります。

正直に申し上げて、私は板宿という街を知りませんでした。

昨年9月、海文堂書店さんの閉店の知らせがあった頃、

若い書店仲間と一緒にお店に初めて訪問しました。

 

まず地下鉄板宿駅から上がって驚いたのが、

板宿商店街の繁盛ぶりです。

夕方ということもあったかもしれませんが、

人の多いことにビックリいたしました。

これほど元気な商店街がまだあったのかと・・・・・・

もちろんお店もお客さんでいっぱいです。

まるで昭和の時代を彷彿とさせる賑わいぶりでした。

そのあと、店主の森さんと一緒に飲みながら

 お店のこと

 売上のこと!!

を聞いてまたびっくり!

東京にも「町の本屋の復権」を掲げて開店した

同規模の業界では有名な本屋さんがありますが

そのお店より売上が高いのです。

それも中心地の三宮ではなく神戸の西の果てにありながら・・・・・・

その理由を探りたいと、

板宿のこと、商店街のこと、お店の歴史、

そして森店長の経営戦略を伺った次第です。

 

森店長に取材する中で、

井戸書店の売り上げの秘密。

阪神大震災から学んだこと。

繁盛するかのように見える板宿商店街の現実。

その再生の難しさ。

一方でどんどん成熟していく消費者の存在。

震災後の再開発から誕生した新しく若い住人たちは、

果たして、この戦前から栄える商店街を支持してくれるのであろうか?

そんな中で森店長がお店の経営判断をどう采配してきたのか?

目から鱗の商売の基本。

地域密着、地産地消を目指した経営理念

そして理想と現実の難しさなど

考えさせられることばかりでした。

ずいぶん前に藻谷浩介さんと山崎亮さんの共著


藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?〜 藻谷浩介&山崎亮 学芸出版社 〜店長 - パルナ書房

で紹介いたしましたが、そこに通じる難しさがあります。

実は森店長との出会いのなれそめは、

たまたまこの書籍の紹介からなのですが・・・・・・

 

アップした記事の写真は第1回目。

井戸書店さんは4回に渡って連載いたしました。

2回目以降はアップできませんが、

文化通信にて、掲載分のみの購入も可能とのことです。

興味のある方は是非、ご購入ください!

文化通信社 www.bunkanews.jp

 

熊本の長崎書店 〜 日本で一番幸せな書店員がいる本屋さん

本屋稼業〜雑感

年始早々、元旦から九州へ。博多と熊本に参りました。
博多ではブックスキューブリック箱崎店、熊本では長崎書店と橙書店へ訪問しました。
どのお店も話題たっぷりで紹介しきれません。
なので、今回は長崎書店のお話です。
http://nagasakishoten.otemo-yan.net/

長崎書店はこの数年で全国の出版業界で知られるようになりました。
私もその存在を知ったのは2012年の秋です。
4代目の若き後継者がお店を一新したことで注目されたのですが、
なかでも2010年におこなった「ラ!ブンコ」フェアというアイデアで業界を驚かせたのです。
熊本出身の著名人100人にオススメの文庫を1冊推薦してもらい100冊の文庫フェアを開催しました。
ほら、毎年夏になると「新潮夏の100冊」なんてフェアが書店店頭で開催されていますよね。
あのイメージの文庫フェアを熊本の著名人を切り口に独自の展開をしたわけです。
簡単に言いましたが1人じゃなくて100人の著名人にアプローチしなくてはならないわけです、
それも熊本在住とは限りませんからね!これは本当に大変なことですよ。
いったいどんなスタッフが運営しているのか興味津々で伺った次第です。

博多から熊本へは新幹線でおよそ30分余り。
かつては在来線で1時間半以上かかったようですが、
2011年に九州新幹線が開通し便利になりました。
熊本への観光客も増えたようです。
その反面、通勤圏内になり熊本市民が買物に博多へと流れる可能性が出てくるのですが
それはまた別のお話。

交通費こそかかりますがびっくりするほどの早さですね。
感覚的にはJR新快速で京都から大阪に行く感じ(27分)です。
本をゆっくり読んでいる暇もありません。

熊本駅から熊本市電に乗って15分ほどで熊本の繁華街の象徴であるアーケード街に着きます。
このアーケード街は上通、下通、シャワー通りの三つに分かれたL字型で全長1kmほどです。
ここに来てびっくりするのがアーケード街の大変な賑わいと若者の多いことです。
実際に人口統計でも若者人口が全国と比べて多いのが特徴です。

九州新幹線の開通のためか、熊本駅前は新しく整然と整備されているのですが、何もありません。
ここも地方によくある画一化した殺風景が広がっている街かと落胆したのですが、うれしい裏切りです。
京都生まれの私は九州といえば福岡、博多が最も大きく進んでいる都市とのイメージがありますが
実は熊本は明治維新後、最も早く近代化が進んだ都市なんです。
例えば九州で一番早く新聞支局、放送局が開設された都市であり、
昭和初期までは九州で最大の人口を誇る都市であったとのこと。
よって今も熊本の人たちには九州で最先端の街であるという高い自負があるようです。
商店街のアーケードといえば昭和の古いイメージがありますが、
ここはファッションセンスも高く、全国に先駆けて有名ブランドが出店する街とのこと。

駅から離れたところに繁華街があるのが不思議ですが近くに熊本城があります。
元は城下町だったのでしょうか?
機会があればアーケード街の由来を調べてみたいものです。
京都でいえば河原町のそれですね。
「通町筋」停留所で市電を降りアーケード街に入ってしばらく歩くと長崎書店です。

すぐお向かいに「金龍堂まるぶん店」という大きな書店があるのに驚きます。

他にもこのアーケード街の周辺には大きな書店がたくさんあるんです。
熊本の知性、文化土壌の高さを感じさせます。

さて、長崎書店です。
店の前には、小学一年生や週刊誌、漫画雑誌等があり、普通の本屋さんと同じ店構えとなっております。

これは長崎書店がセレクトショップではなくて「普段使いができる本屋さんですよ」というメッセージですね。

入ってすぐに気がつくのは電球によるオレンジ色の落ち着いた照明です。
インテリアショップやお洒落な雑貨屋さんのようなイメージです。

驚いたのは入口左手に美術書、芸術書コーナーがあることです。
青幻舎の「パラパラブックス」があります。

なかなか売りにくい美術書を入口に持ってくるところが長崎書店らしさをアピールしています。
普通の本屋さんならまずは雑誌や「るるぶ」といった旅行ガイド誌コーナーをもってくるところです。
そして右手には九州に絞ったガイド本があり、九州の郷土本、歴史書へと広がります。

そこから壁沿いに人文書とスムーズに展開されていきます。

中央通路には右手にベストセラーの文芸書やセレクトされた雑誌、書籍が並び、フェア台へ。
奥には新書コーナーがあります。

左手にはレジを挟んで、平台にイベント告知ペーパーがあります。

児童書コーナーが大きく展開されています。
長崎書店は児童書にも力を入れているんだなということがわかりますね。

そしてようやく雑誌売場が出てきます。

奥の壁面には旅行ガイド書がずらりと並んでいます。

地域別に判型関係なく陳列しているのが大きな特色です。
だから目的の土地のガイド本がすぐに見つかりますし、
ムック本がいいのか書籍タイプがいいのかが選べますね。
どこの書店でもやっていそうですがどの書店もこのような陳列はしていません。
なぜなら商品管理が大変だからです。

あれ、よく見るとビジネス書もガイド本の手前にありますね。

普通はビジネス書は入口やレジ近くのベストセラーコーナー近くにあるものですが、
長崎書店では一番奥にあります。
文庫本も奥ですね。

中央通路右手に戻りましょう。
バーゲンブックコーナーがでてきました。
このバーゲンブックも浮世絵師の「鈴木春信」の本などがあり見過ごせないので要チェックです。

その横には奥まった小さな茶室のようなスペースがあります。

ここはギャラリーですね。
私が訪問したときは年末年始ということもあってか手帳コーナーとなっていました。
ギャラリーなら素敵でしょうね。
そこだけがパラレルワールドと化しています。

そこを出ると右側壁面にかけてがコミックスコーナー。
POPやポスターを見ればコミックスにも力を入れていることがわかります。

通路側には文庫コーナーが2列あります。

その奥の壁面が精神世界のコーナーです。

サブカルとはまた違った知の空間といったイメージです。
棚に詳しい注釈がついているのが印象的でした。

ざっと長崎書店の案内をしてみましたが、すべては伝えきれませんね。
私の勘違い、ウラ覚えもあるかもしれませんのでご容赦ください。

しかし棚だけを見ても長崎書店の本当の凄さはわかりません。
私が長崎書店に注目した理由は今までの書店の役割を超えた存在になったからです。
前述のラ!ブンコ・フェアを展開することで、
参加した著名人が自ら推薦した本が売れているか気になり長崎書店に足を運んだとか・・・
つまりフェア開催期間は多くの著名人が訪れるスポットとなったわけです。
しかも、毎年開催されるラブンコ・フェアでは著名人は重ねない仕組みですから、
4年目の今年で400人の著名人とつながったことになります。
結果として長崎書店は熊本の著名人と最も多くのつながりを持つ場所となりました。
いわば熊本の文化の拠点となったといえます。
これほど地域に強烈な存在感を現した書店がかつてあったでしょうか?
そしてどうしてこんなことが可能なのでしょうか?
店長一人の力ではとてもできることではありません。

実際に長崎書店に訪れたとき気がついたのがスタッフの多さです。
通常の書店よりも倍近く多いのではないかと思いました。
スタッフが多いから一人一人に余裕があるのでしょうか?
皆さんに声をかけてご挨拶すると、とてもにこやかにお話しくださいます。
話が弾んであっという間に10分20分と時が過ぎます。
それも全員がそうなんです。
この接客レベルは書店のそれではありません。
もはや一流ホテルのそれです。
私が店長であったときは日常業務に追われてとてもお客さんとじっくり時間をかけて交流することなどできませんでした。
それはどこの書店でも同じだと思います。
10分立ち話すれば、イコール10分残業・・・それが書店の現場の現実です。
不況のあおりを受けて毎年人件費が削減され、書店員は消耗しています・・・

長崎書店とて皆さんそれぞれの業務で大変だと思うのですが、
そんな様子は微塵も表情に出てこないのです。
そして皆さんに共通して出てくる言葉が
「長崎書店で働きたかった、長崎書店で働けて良かった」
という言葉です。
おそらく日本で最も幸せな書店員がいる本屋さんではないでしょうか。
これが今回、長崎書店に訪問して得た、一番の収穫でした。

彼らと一度お話すると、もう次から他の書店では本が買えなくなりますね〜
私も既に長崎書店ファンになってしまったようです。

実はこの長崎書店は2000年半ば頃までは大変厳しい状況にありました。
4代目の若き後継者、長崎健一氏による感動的な再生の物語があるのです。
そのあたりのくだりは「『善き書店員』木村俊介 ミシマ社」に自ら詳しく語っておられます。
私も長崎社長に当時のお話を伺いました。
いつか機会があれば改めてご紹介したいと思います。

POPの天才がいる本のがんこ堂さんのことを記事にしました。

本屋稼業〜雑感

出版業界新聞「新文化」11月28日号にて滋賀県の書店、「本のがんこ堂」唐崎店の紹介記事を書きました。

滋賀県は京都と違い、郊外型の車社会です。
よって書店も国道沿いの駐車場のある大型店が多いのが特徴です。

実は滋賀県は全国で唯一人口が増えている街なのです。2030年まで人口が増えると予測されています。
そういう人口増の後押しもあって「本のがんこ堂」さんは2000年代に入ってからも売上が好調でした。
全国の書店は96年が売上のピークです。
何度もこのブログで繰り返しておりますが働く世代である生産年齢人口のピークが96年です。
滋賀県ではそのピークが2000年代になっても増加したのだろうと思われます。

余談になりますが
2004年の末にアバンティ南草津店が220坪でJR南草津駅前に出店します。
当時取次(問屋)の大阪屋は出店に反対したそうです。
なぜならば、滋賀の地方に出店しても高い売上は見込めないから・・・
しかし、実際に南草津に出店してみると予想外の売上高が上がったといいます。
ちなみに当時このお店を立ち上げた店長がレティシア書房の小西さんです。
http://book-laetitia.mond.jp/

結果としてそのアバンティ南草津店の目を見張る好調な売り上げに注目した全国のナショナルチェーンが
こぞって出店をすることになります。
2000年後半からの大津市草津市を中心に書店出店戦争が起きるきっかけとなりました。

そんな滋賀県の唐崎に2006年に出店した本のがんこ堂唐崎店と店長の西原氏の物語を記事にしてみました。
まずはこちらの本のがんこ堂のブログをごらんください。
http://gankodo.shiga-saku.net/

そのディスプレーの迫力にびっくりするはずです。
実はこのPOPやディスプレーはすべて西原店長が仕事の片手間で作った手作りPOPなのです。
プロが作ったディスプレーと見まごうばかりですね。
その制作ノウハウとディスプレーの展開にまつわる秘話を書いております。

原稿には書けなかったネタを一つ。
書店業界では本のがんこ堂のT社長が有名です。
T社長の「書店経営のセオリー」には定評があり、その店作り棚作りは取次のシステムにも影響を与えていると聞きます。
またT社長による「誕生日大全」主婦の友社、「座右の銘」里文出版の売出しで全国書店のベストセラーにまで発展させたことでも知られています。
本のがんこ堂書店は関西を代表するいわばカリスマ社長のチェーン店なのです。
滋賀県にお立ち寄りの際はぜひお店を覗いてください。
現在、9店舗あります。
http://www.gankodo.jp/

町の本屋の問題 〜 町の本屋さんは雑誌屋さん?

本屋稼業〜雑感

前回のブログにかつてパルナ書房を利用されていたお客様からコメントをいただきました

「〜私に店長は、何冊かの駄作や購入済を薦めました。〜改題した作品を(その事も伝えず)勧めといて、その二日後に「読んだ本」と言っても、勧めた事自体忘れていた(笑)。また、勧めておいてその感想も一度も聞かれた事がない。
そんな経営をしてた本屋が本屋の将来を語ってる事に違和感をおぼえました。」
(省略して引用しております、全文は前回のブログのコメントを読んでください)

まさに店長失格です。
書店員としてどうしてこのようなずさんな対応、ご案内しかできなかったのかと深く反省するとともにこのことを省察してみました。

こういう事態が起こった理由は書籍の知識が無い上にそもそもプロとして書籍の扱い方自体(単純に本をたくさん読むということでは無く書籍の情報の扱い方等)を理解していなかったからです。
しかし私はパルナ書房の三代目の店長でした。
三代続いたわけですからプロの書店員であるはずですし、
そのノウハウの蓄積と継承があってしかるべきです。
ではなぜ無かったのでしょう。

実はパルナ書房の売上の50%以上は雑誌でした。
コミックスや実用書、地図ガイド本もありますから、小説やエッセー、人文書のような書籍の売上比率は15%ぐらいでしょう。
パルナ書房は雑誌で食っていたわけです。
本屋というより雑誌屋といった方が適切であるのかもしれません。
しかし、90年代まではその雑誌だけで十分な利益が上がっていたのです。
プロであったのはその雑誌の荷出しと陳列、返品といった扱いだったわけです。
(もちろん、この作業自体は大変です)

だから2000年以降雑誌が売れなくなり経営が厳しくなったのです。
雑誌が90年代のように売れていれば競合店が進出してもパルナ書房は今も継続できていたでしょう。
(雑誌が売れなくなったのはインターネットの普及と生産年齢人口の減少が主たる理由です)

雑誌は取次(いわゆる問屋)が自動的に配本してくれます。
出版業界ではこの取次の配本システムに大変批判的ですが、
私はこの雑誌配本システムが優れて完成しいるがゆえに書店にノウハウが蓄積されなかったのではないかと考えております。
また、書店は長年セルフサービスという販売手法をとっていることもあって
(本にはその趣向というお客様のプライバシーに関わる側面もあるのでセルフサービスが最適なのです)
本屋は本を並べるだけ、あとはお客様が勝手に本を選んで買っていくのが本屋という程度の未熟なサービスの認識でおりました。
そこにプロとして書籍のご案内ができないことと稚拙な接客の理由があるのです。
(書籍に関しては新刊とベストセラーを仕入れる努力をする以上のことができませんでした)

このことは実は全国の町の本屋の共通の問題でもあるのです。
ほとんどの町の本屋はパルナ書房と同じように雑誌で食っていたのです。
(町の本屋は多くは外商で食べている側面もあります。雑誌の配達の他に教科書や学校図書館の納品等。しかしその配達ノウハウに関してはプロで、簡単にまねができるものではありません。ですからパルナ書房は一部を除いて外商はしておりません)
残念ながら書籍販売のノウハウを持っている町の本屋はほとんど無いのが現状です。
それが町の本屋が魅力を失い消えていく原因の一つです。

その象徴的な出来事がありました。
佐賀県武雄市図書館があります。
この図書館に地元書店ではないカルチュア・コンビニエンス・クラブTUTAYA書店が書籍の納品をすることになりました。
本来は地元書店が書籍を選書し図書館へ見計らいを出して納品することで、
地元書店と図書館の連携による本を通した文化の地域活性化もあり得たと思うのですが・・・・・・

生産年齢人口がどんどん減少していく中、むしろ地方のローカルの文化こそ見直されるべきであると考えます。

今、様々な業界でリノベーションが注目されています。
出版業界はもはやそのビジネスモデルが崩れてしまい、転換期にあります。
町の本屋も新しい世代がリノベートしてほしいと願います。

パルナ書房はなぜ閉店に至ったのか? 「新文化」記事寄稿2013/10/24号の紹介

本屋稼業〜雑感

パルナ書房閉店後、2013年5月末、東京に1週間ほど行ってきました。
その時に出版関係者を集めて
「パルナ書房はなぜ閉店に至ったのか?」について小さな講演のようなものをいたしました。

そのレジメを元に出版業界新聞「新文化」10/24号に記事を書きました。

今回はレジメ原稿をアップしておきます。

以下の通り

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  パルナ書房はなぜ閉店に至ったのか?

★パルナ書房の沿革
終戦直後に祖父が長屋6畳一間で創業
86年二代目が現在のJR丹波口駅前に2店舗目の20坪の書店として出店
壬生島原という新選組由来の街で角屋、輪違屋といった遊廓の跡があり近隣には中央市場もある〜下町の風情
駅を挟んだ反対側には「リサーチパーク」というIT企業群がある。
96年に三代目店長に就任。

★パルナ書房繁栄と閉店までの至を日本戦後経済史と重ねてみる。(一部省略)
ポイントは
  人口の波
  日本の政治状況の変化
  インターネットの影響

の3つに大別される。
 
1.人口の波
日本の不況の本当の理由は生産年齢人口(現役世代)減少の波による需要の減少である。
現役世代は子供を育て、車や家を購入し、お金をドンドン使わなければならないため内需が拡大するのに対し
退職世代は既に子育ても終わり家も購入しお金を使わないので内需が縮小する。
その結果ますます不景気になり本も売れなくなる。
実際に96年の生産年齢人口のピークと全国書店売上のピークは見事に一致している。
97年以降、現役世代は減少の一途をたどり書店の売上減少も止まらない。
※参照 藻谷浩介「デフレの正体」
2.規制緩和
2000年規制緩和により大店舗法が廃止され大型書店チェーン進出の条件が完全に整う

新自由主義、グローバリゼーション、市場原理、規制緩和、大店舗法廃止による大型店出店によって個人商店(パルナ書房)が閉店に追い込まれた→シャッター商店街」 
※実際には80年代半ばから商店街のシャッター化は始まっていた、その大きな理由の一つに消費者の成熟がある(訪問販売が徐々に難しくなる=教材セールス等)。日本は先進国になり消費者は80年代を通して急速に成熟した。もはやモノがないから買うからより良い物、多様な趣向を求めるが、町の個人商店にはそのニーズを満たすだけの店舗サイズというハード面も専門知識というソフト面の両方に問題があった。
本を置けば売れる時代は終わった。
※参照「ポスト消費社会のゆくえ」上野千鶴子辻井喬(文春新書)
※参照 新雅史 「商店街はなぜ滅びるのか」

3.インターネット
町の本屋の閉店の裏側にはもともと町の本屋は売上の50%以上が雑誌であり、インターネットが普及したことにより雑誌の売上が激減し、競合店とは関係なく売上が半減した。むろん書店業界全体でも同じはず。
さらにインターネットの普及で社会の在り様が変わってしまった。通勤時にツイッター、FB等のSNSをチェックする風景は昔は文庫本や新聞であった、つまり本を読む時間を奪われた。
そして森羅万象の全てをインターネットで検索ができてしまう時代になった。活字を読まなくなったのではなく、雑誌や新聞、実用書等の比重が変わった。大げさではなくグーテンベルク以来の活字文化の革命、転換期が、今、起こっている。
電子書籍の登場はこれらの変化に比べるともはや大きな問題ではない。

生産年齢人口の減少で日本全体の内需が落ち、大店舗法廃止で競合店の出店が激化し、インターネットの普及で雑誌と本の役割が激変した。そういう歴史的な社会状況の変化の中で書店経営をとらえるべきである。

★読書空間の変貌
閉店して半年、いち消費者になると本を巡る環境が大きく変わっていることに気がついた。
具体的に言えば古書店、図書館、新古書店ブックオフ等)、レンタルコミック(1冊30円)、ネットカフェ等の存在である。
消費者として利用してみると極めて魅力的なのだ、
GANTZ等の30巻を超える既刊コミックスの購入は料金だけでなく、
購入後の自宅の物理的なスペースの確保も厳しい。
どうしても新刊のみの購入となる。
さらに新刊書店では購入できないコミックス絶版問題もある。
この絶版コミックスを提供しているのは新古書店、レンタルコミック(1冊30円)、ネットカフェである。
これらの存在を認めた上でこれからの書店のあり方、新刊の扱い方を考えなければ書店は読者から取り残される。
もはや読者にとっては新刊書店は読者にとっては本を提供してる一部に過ぎない。
本を買うときは消費者、家で読むときにはじめて読者となるのである。

02年 アマゾンマーケットプレイス導入、これ以降再販価格維持商品にも"市場価格"が存在し始める。
版元、取次、書店は本を売りっ放しにしてきた、お客さんの自宅には本が溢れている。
新しく本を買うには自宅にある本を処分しなければならない。我々は売った本を自ら買取、回収するべきだったのではないか?
そうすることによってはじめて店頭の書籍価格を維持、もしくはコントロールすることが可能なのでは?
ブックオフの生み出す利益は本来我々(新刊書店)の含み利益だったのではないか?
ブックオフというモンスターを作ったのは我々(新刊書店)自身ではないか?

日本社会はフローからストックの時代に変わった。
版元、取次、書店の三者はストック(既刊本)の活用を多面的(古本も含めて)に考えなければならない。

これからの新刊書店のあり方を考える
書店は
90年代までは新刊、ベストセラーの品揃え、在庫量を競っていた。
2000年代はPOPなど文脈、編集棚等の店作り、セレクトショップなど棚の差別化
2010年代は接客力、イベント力のある店が利益を出している。
ギャラリー、ミニライブ、読書会などのイベントを通して地域を盛り上げお客さんとのつながり、囲い込みをはかっている。

地域に根ざしたパルナ書房の在り方の模索、街を巻き込んだイベントを通して街全体を盛り上げるという視点が欠けていた、出来ていなかった。
→結論、これからは書店員に要求される能力は商品知識(本読み)から接客力、イベント開催能力などに変わってくる。

2013/5/31最近、様々なイベント(一箱古本市等)を盛んに行っている書店が増えてきた。
その目的は上記の理由による読者人口減少の対策としてどうにかして人を集めてようということである。
またパルナ書房閉店後、書店仲間から近くに出店してくれとの依頼を受けた、
その理由も自店の周辺に読書散歩ができる空間を作って読書人口を集めなければやっていけないからである。
それは古書でも新刊書店でもいいのである。
もはやかつてのような集客力を書店はもっていない。
これからの書店のキーワードは競合ではなく共生である。